I couldn't care less about what other people think of my career choices.
[他人が私のキャリア選択について何を思おうが気にしない]
関係詞「what」は先行詞を含んでいるので、後に続く文章には一部欠けてる個所があるはずです。
しかしこの英文の場合、関係詞「what」の後に続く文章に欠けている個所がありません。
完全な文章が続いているように見えます。
関係詞「what」に続く文章が
other people think of my career choices.
[他人が私のキャリア選択について考える]
主語もあるし、目的語もあります。
何も欠けておらずこれだけで文章が完成している。
なのに関係詞「what」を先頭に関係詞節を作り出している。
これは一体何が起きているのでしょうか?
結論から言うと「other people think of my career choices」という英文は「文章上は欠けているところはないが、意味合いとして欠けているところがある」というのが答えです
どういうことか。
まずは「think」という動詞の特徴を理解する必要があります。
「think」という行為は、考える「内容」と考える「対象」とに分離することができます。
「other people think of my career choices」の場合「my career choices」(私のキャリア選択)は考える対象です。
そしてそれを「どう考えているのか」が考えている内容です。
考えるという行為が行われるとき、そこには必ず考える対象とは別に、その考えの「中身」が存在しているはずです。
しかし文章上ではそれは当たり前のことであるという前提に立ち、通常わざわざ言及されることはありません。
こういった当然あって然るべき中身ではあるが注目されているわけではなく、文章上では言及されない要素のこと「暗黙の内容」(implicit content)と言ったりします。
動詞「think」にはこの「implicit content」が存在しており、関係詞「what」はそれを拾い上げることができるのです。
「think of A」で「Aについて考える」ですが、実際は「think (暗黙の内容)of A」(Aについて(暗黙の内容)を考える」という形です。
しかし、実際は「暗黙の内容」は省略されます。
その省略された「暗黙の内容」を関係詞「what」が回収しているのです。
「think」という行為は、対象に関する何かしらの評価や意見なのどの中身が本質的に伴っている。
しかし、それは当たり前であるという前提の元に「think」という行為が成り立っているため、その部分は省略される。
省略されはするが、考えるという行為が行われるとき、その中身はいつでも文脈上に存在しているはず。
文に現れてはいないが意味的に存在する「中身」(暗黙の内容)、それを関係詞「what」が拾い上げる。
これら一連の現象は「think」以外の動詞でも発生し得ます。
暗黙の内容をもつ動詞なら同様の現象が起こり得るのです。
I was surprised by what I heard about the incident.
[その事件について聞いた内容に私は驚かされた]
Tell me what you know about the problem.
[その問題についてあなたが知っている内容を教えて]
We should check what they learned about the issue.
[彼らがその問題に関して学んだ内容を確認すべきだ]
I have some doubts about what I've read regarding that country’s history.
[その国の歴史について読んだ内容には、いささか疑問がある]