引きこもり英語学習法

素人英語の学習ブログです。

動名詞の否定と「not A but B」構文の本質

What she regrets is not getting married.

 

この英文の意味は、「彼女の後悔は結婚したことではない」なのか、「彼女の後悔は結婚しなかったこと」なのか、どちらだと思いますか。

正解は「彼女の後悔は結婚しなかったこと」です。

なぜなら、この「not」はbe動詞「is」にかかっているのではなく、動名詞「getting」にかかっているからです。

なので文章としては肯定文になるはずです。

動名詞の前に「not」が置かれている場合、基本的にその「not」は動名詞にかかっていると優先的に解釈されます。

 

では、次の場合はどうでしょう。

What she regrets isn't getting married.

この場合は「not」が明らかにbe動詞「is」にかかっているため文章そのものが否定文になります。

つまり「彼女の後悔は結婚したことではない」という意味です。

省略形の「isn't」を使うかどうかで意味が真逆なるということです。

 

「is not」の場合は、『What she regrets = not getting married』(「not」は動名詞にかかっている)

「isn't」の場合は、『What she regrets ≠ getting married』(「not」はbe動詞にかかっている)

 

ただし次のような例外もあります。

What she regrets is not getting married, but staying single.

この場合「not A, but B」という対比の構文になっています。

さて、どういう意味になるでしょうか。

先ほど言った通り、動名詞の前に「not」が置かれている場合、その「not」は優先的に動名詞にかかっていると解釈されます。

なので「彼女の後悔は結婚しなかったこと」という意味になること自体に変化はありません。

しかし今回はその後ろに「but staying single」と続きます。

「not A, but B」構文が作り出す根本的な意味は「Aを退けてBを選ぶ」という対比ないしは訂正です。

なので「彼女の後悔は結婚しなかったこと、ではなく独身でいたこと」という意味になります。

この場合、「not A, but B」構文を作り出す「not」がないことになります。

というか、なくていいんです。

なぜなら「not A, but B」の対比や訂正の意味を作り出す本質は「but」にあるからです。

なので本来は「not」なしに「A, but B」でも十分に「AではなくB」という対比や訂正の意味は成立します。

Aの中身が否定の意味合いを含んでいるときは、もれなく「not A, but B」ではなく「A, but B」の形を取ります。

 

His biggest regrets is having no friends, but isolating himself.
[彼の最大の後悔は、友達がいないことではなく、自らを孤立させてしまったこと]

 

関係詞whatの後に完全な文章が続く例

I couldn't care less about what other people think of my career choices.
[他人が私のキャリア選択について何を思おうが気にしない]

 

関係詞「what」は先行詞を含んでいるので、後に続く文章には一部欠けてる個所があるはずです。

しかしこの英文の場合、関係詞「what」の後に続く文章に欠けている個所がありません。

完全な文章が続いているように見えます。

関係詞「what」に続く文章が

other people think of my career choices.
[他人が私のキャリア選択について考える]

主語もあるし、目的語もあります。

何も欠けておらずこれだけで文章が完成している。

なのに関係詞「what」を先頭に関係詞節を作り出している。

これは一体何が起きているのでしょうか?

 

結論から言うと「other people think of my career choices」という英文は「文章上は欠けているところはないが、意味合いとして欠けているところがある」というのが答えです

どういうことか。

まずは「think」という動詞の特徴を理解する必要があります。

 

「think」という行為は、考える「内容」と考える「対象」とに分離することができます。

「other people think of my career choices」の場合「my career choices」(私のキャリア選択)は考える対象です。

そしてそれを「どう考えているのか」が考えている内容です。

考えるという行為が行われるとき、そこには必ず考える対象とは別に、その考えの「中身」が存在しているはずです。

しかし文章上ではそれは当たり前のことであるという前提に立ち、通常わざわざ言及されることはありません。

こういった当然あって然るべき中身ではあるが注目されているわけではなく、文章上では言及されない要素のこと「暗黙の内容」(implicit content)と言ったりします。

動詞「think」にはこの「implicit content」が存在しており、関係詞「what」はそれを拾い上げることができるのです。

 

「think of A」で「Aについて考える」ですが、実際は「think (暗黙の内容)of A」(Aについて(暗黙の内容)を考える」という形です。

しかし、実際は「暗黙の内容」は省略されます。

その省略された「暗黙の内容」を関係詞「what」が回収しているのです。

 

「think」という行為は、対象に関する何かしらの評価や意見なのどの中身が本質的に伴っている。

しかし、それは当たり前であるという前提の元に「think」という行為が成り立っているため、その部分は省略される。

省略されはするが、考えるという行為が行われるとき、その中身はいつでも文脈上に存在しているはず。

文に現れてはいないが意味的に存在する「中身」(暗黙の内容)、それを関係詞「what」が拾い上げる。

 

これら一連の現象は「think」以外の動詞でも発生し得ます。

暗黙の内容をもつ動詞なら同様の現象が起こり得るのです。

 

I was surprised by what I heard about the incident.
[その事件について聞いた内容に私は驚かされた]

Tell me what you know about the problem.
[その問題についてあなたが知っている内容を教えて]

We should check what they learned about the issue.
[彼らがその問題に関して学んだ内容を確認すべきだ]

I have some doubts about what I've read regarding that country’s history.
[その国の歴史について読んだ内容には、いささか疑問がある]

 

teachの目的語

I'm not sure you have the patient required for teaching kindergarten.

[あなたに幼稚園の先生に必要な忍耐力があるか疑問ですね]

 

「sth required for doing」で「doするのに必要なもの」という意味になります。

なので「the patient required for teaching kindergarten」で「幼稚園の先生に必要な忍耐力」と訳されます。

しかし「teaching kindergarten」っておかしくないですか。

「teach」は教える、「 kindergarten」は幼年学校、なので「teach kindergarden」は直訳すると「幼年学校を教える」。

「幼年学校で教える」なら「teach at a kindergarten」ですし、「幼稚園児に教える」なら「teach preschoolers」です。

「teach」という動詞の目的語に人ではなく幼年学校という施設名が置かれていることに不自然さを感じませんか?

 

実はこれ、不自然でもなんでもなく自然な表現です。

「teach」の目的語は必ずしも人とは限りません。

誰に、何を、教えるのか。

「teach」の目的語には「誰に」と「何を」の2種類があります。

そして「何を」には、分野や段階が置かれます。

たとえば「teach math」なら数学という分野を教えるという意味ですし、「Teach the basics」なら基礎という段階を教えるという意味になります。

なので「teach kindergarten」の「kindergarten」は「幼年学校」という施設のことを言っているのではなく「幼児教育」という分野を指しています。

なので冒頭の英文は「あなたに幼児教育を教えるのに必要な忍耐力があるか疑問だ」という意味になります。

 

叙述的副詞

Skydiving might be a step too far for me.

[スカイダイビングはちょっとハードルが高すぎるかも]

 

スカイダイビングは私にとって「a step」(一歩)が「too far」(遠すぎる)。

「a step too far」=「遠すぎる一歩」です。

「step」という名詞を「too far」が後ろから修飾している形です。

しかしここで一つの疑問が生じます。

「too far」って副詞句じゃないの?

結論から言うと、副詞句だけど形容詞的に後ろから名詞を修飾しています。

これは「叙述的副詞」と言われている文法ルールです。

副詞が形容詞のように名詞の説明に使われる用法です。

 

たとえば、第2文型SVCのC(補語)になり得る品詞は何でしょう。

補語になれるのは名詞か形容詞、そう考えてる人もいるでしょうが、では次の文はどうでしょう。

Love is over. [愛は終わった]

「over」という単語の品詞は基本的には前置詞か副詞の2種類しかありません。

「補語になれる品詞は名詞か形容詞」という文法ルールだと、この文章の説明が付きません。

これこそが「叙述的副詞」という文法ルールです。

そう、副詞でも補語になれる、副詞でも名詞を説明することができるのです。

 

とはいえ「love is over」の「over」(終わって)という副詞は、場合によっては「これは副詞じゃなく形容詞だ!」と言われたりすることもありますし、辞書によっては「形容詞とも考えられている」と書かれていたりすることもあります。

これはやはり「補語になれる品詞は名詞か形容詞」という思い込みがあるからです。

しかし副詞が補語になるケースは他にもあります。

what's on? [何が起こってる?]

The light is off. [電気が消えてる]

I'm in. [参加する]

 

そして「that is too far」(それは遠すぎる)です。

「a step too far」はこの「that is too far」と構造は同じです。

いわば「a step that is too far」という文章の関係代名詞「that」とbe動詞の「is」が省略されて端的に「a step foo far」(遠すぎる一歩)と表しているともいえるでしょう。

 

辞書に載ってない「stress」の使い方

I'm stressing about the deadline.

[締め切りでストレスがたまる]

 

「stress」という英単語を辞書で調べると「圧力をかける」という他動詞として載っています。

自動詞としては載っていません。

他動詞としての意味しかないのであれば「I'm stressing」は「私はストレスをかけている」という意味になり、主語の「私」は他者にストレスを与える側の立場ということになります。

しかし実際は「I'm stressing」が、自分自身がストレスを感じているという意味で使われます。

「stress」は「圧力をかける」というの能動的な他動詞なのだから、自分がストレスを感じると言いたい場合は「I'm stressed」なのじゃないのかって思う人もいるでしょう。

確かに「stressed」が「ストレスで疲れた状態」という意味の形容詞として使われて「I'm feeling stressed」なんていう言い方もあります。

その言い方には納得ができるが「I'm stressing」で「ストレスを感じる」という意味になるのには納得ができないという人のために解説。

 

実は辞書には載ってはいませんが「stress」が自動詞として使われることがあるのです。

基本的には「圧をかける」という他動詞としての意味なのですが、現代英語ではそこから派生して、他社からの働きかけではなく自分の内側からストレス状態が発生しているような状態の時に「stress」を自動詞として使います。

この場合、ただ単にストレスを感じているというよりは、めちゃくちゃ焦っている、不安になっているといった意味合いが強いです。

「I'm stressed」があくまでも「ストレスを受けている」という状態や結果を落ち着いて言っているのに対して「I'm stressing」は感情的でカジュアルな表現と言えるでしょう。

 

ストレスを与えるという他動詞が、その意味を拡張させて「自分がストレス状態になる」という意味の自動詞として使われるようになりました。

このような他動詞の自動詞化は英語ではよくあるので覚えておくといいでしょう。

「worry」なんかもそうですね。

元々「心配させる」という他動詞が、自動詞化して「心配する」という意味で使われるようになったと思われます。

ただ「worry」はちゃんと自動詞としての意味も辞書に載ってます。

 

辞書に載ってない「game」の使い方

Remote work is totally changing the game for cities and real estate.

[リモートワークが都市や不動産の状況を変えつつある]

 

「game」という単語が「状況」という日本語に翻訳されています。

場合によっては「あり方」という風に訳されることもあます。

しかし辞書で「game」と調べても、「遊び」や「試合」と説明されており、「状況」や「あり方」などという意味は載っていません。

なので、ここでの「game」という単語はややカジュアルな表現として使われているのかもしれません。

強いて言うなら「競争」という意味が、辞書に載っている言葉の中で一番近いかもしれません。

 

ここでいう「game」とは、ルールや仕組み、やり方、競争の構造など、そいうったニュアンスを表しています。

リモートワークにより、都市に住む必要性が変わったり、オフィス需要が変わったり、土地の値段が変わったり、そいういった変化を「ゲームが変わった」と表現しているわけです。

「game」というのはあくまで比喩であって、ビジネスの世界、社会の仕組み、競争の場を「game」に例えているわけです。

 

また「game」が状況という意味なのだとして「都市や不動産の状況」という訳になるなら「game for cities and real estate」ではなく「game of cities and real estate」なんじゃないかって思う人もいるかもしれません。

しかし、ここで「for」が使われているのには理由があります。

それは「都市や不動産にとっての状況」という意味を表したからです

「of」だと、都市や不動産そのものをゲームだと言っている感じがしてしまいます。

そうではなく都市や不動産にとってのゲーム、あるいは都市や不動産にまつわる人たちのとってのゲーム、その分野でのゲーム、が変わりつつあるって言いたいのであって、だから「of」ではなく「for」を使うわけです。

この「~にとっての」という、対象を表すことができるのが「for」という前置詞になります。

「for」という前置詞が、その業界や分野におけるゲームが変わりつつあるんだっていう自然な意味合いを成立させてくれます。

「wonder if」が表す意味

She couldn't help but wonder if she had made the right decision in accepting the job offer.

 

この「wonder if ~」は「~であるかどうか気になる」という意味です。

「if」=「もしも」って捕らえてしまうと「もしも~していたらって考えてしまう」みたいな意味になっちゃいますが、そうではありません。

この「if」は「whether」と同じで「もしも」ではなく「~であるかどうか」という意味です。

なのでこの英文の意味は「彼女は仕事の依頼を受けたことが正しい決断だったのか気にせずにはいられない」です。

「もしも~していたら」という意味にする場合は「wonder」のあとに「if」ではなく「what」などの疑問詞を繋げます。

She couldn't help but wonder what would have happened if she had accepted the job offer.

[仕事の依頼を受けていたらどうなってただろうと思わずにはいられない]

 

「~したのかどうか気になる」(現実への疑問)が「wonder if ~」
「もしも~していたら」(仮定の話)が「wonder what ~」

ちなみに仮定の話の場合、事実を述べるのではなく話者の推測を述べるので助動詞(wouldやmight)などが使用されます。

 

次の英文はどうでしょう。

She couldn’t help but wonder if she had accepted the job offer.

「wonder if」なので、先ほどの法則で言うと「~したかどうが気になる」になるはずです。

でもそれだと「彼女は仕事の依頼を受けたかどうか気にせずにはいられない」という変な意味になります。

自分のことなのに、自分がそれをしたかどうかわかっていないことになるからです。

だからなのか、DeepL翻訳でこの英文を訳すと「彼女は、その仕事のオファーを受け入れていたとしたら、とつい考えてしまった」と仮定の話として訳されます。

しかしそれはおかしいでしょう。

もしそういう意味なんだったとしたらやはり「She couldn't help but wonder what would have happened if she had accepted that job offer.」という「wonder + 疑問詞」、そして「助動詞+had+過去分詞」が使われるのが自然です。

なのでこの英文(She couldn’t help but wonder if she had accepted the job offer.)の意味はやはり「彼女は自分が仕事の依頼を受けたかどうか疑問に思った」という意味のはずです。

自分のしたことを自分で疑問に思うのは不自然ですが、例えば「自分では依頼を受けたつもりだが今となっては記憶が曖昧で自信がない」あるいは「仕事を受けたつもりはないのだが向こうの態度を見ているとどうやら自分は仕事を受けたことになっている」など、そういうった状況で口にするセリフと考えるのが自然でしょう。

「wonder if ~」は「~であるかどうか気になる」という意味を表す文法である事実は揺るがず「もしも~だったらなぁ」という意味にはなり得ないはずです。

 

ちなみに「もし~してたらなぁ」みたいな意味を表す英文法としては「wish S had + 過去分詞」や「If only S had +過去分詞」があります。

 

I wish I had made the right decision back then.

[あのとき正しい判断をしておけばなぁ]

 

If only I had made the right decision back then.

[あのとき正しい判断をしていれば]