「read」や「eat」という動詞は、その行為の特性上、対象がどういったものであるのかがある程度推測できる。
「read」であれば読む物、「eat」であれば食べる物が、行為の対象になる。
行為自体が対象の属性をある程度限定させ、普通はその属性内のどれかが対象になる。
故に目的語をとらなくても「I read.」で読書をするという意味になり、「I eat.」で食事をするという意味になる。
こういった動詞を私は対象内包型の動詞と呼んでいます。
日本語では「読む」から「読書をする」に、「食べる」から「食事をする」に言葉が変わるのに対し、英語の場合は「read」や「eat」のまま目的語のあるなしで変わる。
ただ英語においても言葉自体が変わるケースもあります。
例えば「buy」。
買うという行為はその対象がどういったものか、「read」や「eat」ほど行為自体からは限定できません。
そのため他動詞としての性能がだいぶ優位に働いており、自動詞として使用されるケースは稀なんですが、それでも一応対象を広く「売ってる物」と捉えることはできます。
それでもなぜ「buy」を自動詞として使わないかというと、ほかの言葉があるからです。
「shop」という自動詞です。
「shop」というのは買い物をする、すなわち商品を買うという意味で、行為を示す言葉自体に完全に行為の対象が含まれている言葉なんです。
なので目的語を置いてしまうと変な感じがする。
新しい家具を買い物する。
変な日本語ですよね。
目的語をとるんなら普通に「buy」を使えばいいだけの話です。
もし「shop」を使って言い表すのであれば、
We are shoping for new furniture tomorrow.
[私たちは明日、新しい家具を買いに行きます]
のように前置詞が必要になります。
(ちなみに、確定している予定や手配済みの予定は普通、進行形で表現します)
「play」も内包型の動詞の一つです。
「play」には「弾く」という意味がありますが、この動詞はその特性から行為の対象があからさまに限定されています。
そうです、楽器です。
楽器ありきの行為なのでどう考えても他動詞ではありますが、こんだけ対象が限定されてたら、否が応でも自動詞としての機能が生じます。
日本語では「弾く」が「演奏する」に変わりますが、英語の場合は「play」という動詞はそのままで、後ろに目的語があればその対象に向って弾くという行為のエネルギーを作用させる他動詞の意味になり、目的語がない場合は主語が演奏した状態になるという状態変化重視の自動詞の意味になります。
Will you play for us? [私たちのために演奏して頂けますか]
Can you play the violin? [あなたはバイオリンを弾けますか]
このように内包型の動詞というのは意外とたくさんあります。